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心理学ワールド 92号 特集 動物への愛情が問題になるとき<br>─チンパンジーのエンタメ使用を考える 松阪 崇久(大阪成蹊大学) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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17 動物との絆 はじめに  かわいい動物,美しい動物,奇妙な動物…。 ヒトは様々な動物に魅力を感じ,時に愛情を抱 く。飼育して深く関わることで動物との絆が形 成されることもある。こういった動物との関わ りはヒトに幸福感をもたらすが,ヒトが動物に 愛情を感じることによって問題が生じる場合も ある。たとえば,野生動物に対する「かわい い!飼いたい!」という気持ちが,その動物の 密猟を引き起こす例がある。また,テレビや動 物ショーなどの娯楽のために消費される動物の 問題もある。本稿では,テレビで人気のチンパ ンジー・パンくんとその娘のプリンちゃんの問 題に注目する。  パンくんとプリンちゃんは,日本テレビ「天 才!志村どうぶつ園」に乳児の頃から出演して いる。また,飼育されている動物園(阿蘇カ ドリー・ドミニオン)では,毎日3回ある動物 ショー「みやざわ劇場」にも出演している。父 親のパンくんは既にテレビやショーへの出演を 引退しているが,5歳になる娘のプリンちゃん は現在も出演を続けている。  エンタテインメントでチンパンジーを使用 することに関して,全国の動物園関係者や類 人猿研究者からなる団体「SAGA」(アフリ カ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集 い)から,批判の声が繰り返しあげられている (SAGA, 2006, 2015, 2016など)。適切なケアが 必要な幼少期に母親や仲間から引き離されるこ とや,過度な擬人化によって絶滅危惧種である チンパンジーの理解が妨げられることなどが問 題とされてきた。本稿では,娯楽のために使用 されるチンパンジーの具体的な姿に触れなが ら,動物を擬人化して感情移入することの何が 問題かを考えたい。 パンくんの感情表出の分析からわかること  テレビや動物ショーでのパンくんの扱われ方 について調べるため,筆者は,まだ乳児だった パンくんが出演している8本のDVDを分析し た(松阪, 2018)。そのうち2本は「天才!志村 どうぶつ園」のおつかいコーナーの映像で,パ ンくんがブルドッグのジェームズと共に様々 な「おつかい」を課されるというものだ。残り の6本は,パンくんらが飼育されている動物園 (カドリー・ドミニオン)の映像作品で,動物 ショー「みやざわ劇場」の映像も含まれている。  これらの映像を用いて,パンくんの表情や発 声といった感情表出について分析したところ, テレビのロケや動物ショーへの出演がパンくん にストレスを与えていたことがわかった。チン パンジーは仲間と遊ぶ時に笑顔を見せ,笑い声 もあげるが(図1),テレビ用の「TV映像」や 動物ショーの「Stage映像」ではパンくんの笑 いはあまり見られず,恐怖や不安や不満をあら わす様子がしばしば見られた(図2)。動物園 でリラックスして過ごすシーンでは笑いが見ら れることもあったが(その他映像),テレビの ロケや動物ショーではネガティブな感情表出が 多かったのだ。

動物への愛情が問題になるとき

─ チンパンジーのエンタメ使用を考える

大阪成蹊大学教育学部 准教授

松阪崇久

(まつさか たかひさ) Profile─ 2006年,京都大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。(財)日本モン キーセンター特別研究員,関西大学助教などを経て現職。専門は比較発達心理学,霊長類学,保育学。主な著書 にMahale Chimpanzees: 50 Years of Research(分担執筆,Cambridge University Press),『あなたと生きる発 達心理学』『ワークで学ぶ発達と教育の心理学』(ともに分担執筆,ナカニシヤ出版)など。

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18 かい」についての説明 をパンくんが理解して いるように見せていた だけだ。つまり,パン くんは「おつかい」の 目的のためにどう行動 すべきかがわからない 中で,様々な行動をさ せられていたというこ とになる。そのため, 撮影はスムーズには進 まなかっただろうと推 測できる。納得できる おもしろい映像を撮る ために,何度も撮り直 しをすることもあった だろう。実際に,ある シーンでは,影の位置 が大きく変わるほどの 時間をかけて同じ場所でのロケが続けられてい たことが確認できた(松阪, 2018)。  カドリー・ドミニオンでの動物ショーでも, パンくんがストレスを感じていることがわかる シーンがあった。たとえば,パンくんと調教師 の宮沢氏が「漫才」の掛け合いをする場面だ。 ここでも,パンくんは宮沢氏のセリフを理解は していないが,タイミングよく首を縦や横に振 ることで,話を理解しているかのようなやり取 りが繰り広げられる。 《パンくんと宮沢氏の「漫才」》 「今日の会場は綺麗な方ばかりだね」という宮沢 氏に対して,パンくんが首を横に振る。綺麗じゃ ない人がいるなら指さしてみて,という宮沢氏 の言葉の後に,パンくんが会場を指さす。宮沢氏 が即座に「やめなさい! 指をさすのは!」と 言ってパンくんの指を押し返すと,パンくんは口 の先をとがらせる。その後,パンくんは再び指を さし,また制止されて口をとがらせ,あごを宮沢 氏の肩に近づける。  口の先をとがらせるのは「パウト」と呼ば れる表情で(図4),不安や不満を感じている ことを示すものだ。これは「漫才」の筋書き  とくにTV映像では,「おつかい」の過程で パンくんに試練を課し,わざわざ不安やストレ スを与えるシーンもあった。たとえば,パンく んと犬のジェームズが「おつかい」の途中で, 川の橋のない部分を1mほど跳んで渡らなけれ ばいけないという場面がある。パンくんはすぐ に跳ぶことができず,前歯を露出させる表情を みせる(図3)。これはグリマスと呼ばれる表 情で,パンくんが恐怖を感じていたことを示し ている。その後しばらくしてパンくんはなんと か跳んで渡ることができたが,相棒のジェーム ズは渡れず,川の流れを挟んで二頭が綱の引っ 張り合いをする。このように,試練にさらされ た動物たちがとまどう様子を見て楽しむような 場面が,TV映像にはいくつもあった。  視聴者の中には,パンくんが本当に「おつか い」を頑張っていると思っていた人もいたかも しれないが,この「おつかい」コーナーは,ス トーリーがうまく流れるように様々なシーンを つなぎあわせて作りあげられたフィクションで ある点にも注意する必要がある。パンくんはそ もそも「おつかい」の目的を理解していないだ ろう。首を縦に振るという芸によって,「おつ 笑顔・笑い声  恐怖・不安・不満 TV 映像 Stage 映像 その他映像 映 像 1 時 間 あ た り の 頻 度 ︵ 回 ︶ 25 20 15 10 5 0 図 1 母親にくすぐられて笑う チンパンジーの乳児 図 3 グリマス:恐怖をあらわす表情 図 4 パウト:不安や不満をあらわす表情 図 2 パンくんの感情表出の頻度  (松阪 , 2018)

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19 動物との絆 に沿ったツッコミの場面だが,パンくんの表 情は,宮沢氏の仕草や口調を攻撃的なものだと 捉えてパンくんが不安を感じたことを示してい る。また,その後にあごを宮沢氏の肩に寄せる のは,不安を感じたパンくんが,宮沢氏との接 触によって安心を得ようとする仕草だろう。パ ンくんに抱きつかれては漫才にならないので, 宮沢氏は近寄ろうとするパンくんを阻止して立 たせ,芸を続けようとする。乳児のパンくんに とっては,つらい時間だっただろう。  テレビでも動物ショーでも,パンくんはいつ も服を着て二足歩行をしていた。パンくんはヒ トとして育てられたので自発的にそうするのだ と信じていた視聴者もいたかもしれないが,着 衣も二足歩行もパンくんの本来の姿ではない。 ショーを引退した現在のパンくんは服を着ずに 四足歩行をしていることが,ネット上の動画で も確認できる。テレビや動物ショーでは,パン くんは「人間のような姿」を強制されていたの だ。強制された芸なのに,それがパンくんの自 然な姿だと思いこませるような演出がなされて いたことに注意が必要だ。  TV映像では,テロップや音声の追加によっ て,パンくんの感情表出の意味が変えられてい る場面もあった(松阪, 2018)。たとえば,パン くんが無表情で飛び跳ねたり,回転したりして いる映像に「やった!」や「たのしー」という テロップがつけられる例があったが,これらは パンくんの喜びを反映した動作ではなく,調教 師の指示によるものだと考えられる。パンくん が「おつかい」を終えて宮沢氏の元に帰りつく シーンには,悲鳴やフィンパー(チンパンジー の泣き声)の音声が追加されていた。しかし, よく見るとパンくんは無表情で,高ぶった音声 を発している様子もない。これは「不安で大変 だったおつかい」を終え,宮沢氏とやっと再会 できた時の感情の高まりを表す演出だろう。  こういった「娯楽のための演出」はテレビで はよくあることなのだろうが,視聴者を騙す捏 造行為だとも言える。こういった演出によっ て,パンくんの本当の気持ちの理解が妨げられ ることも問題だ。「嘘だとしても,人を楽しま せて幸せにしたのだから良い」と考える人もい るかもしれないが,こういう映像で人は楽しめ たとしても,チンパンジーは幸せになれない。 むしろこれは,チンパンジーの犠牲の上に成り 立っている娯楽だといえる。 チンパンジーのエンタメ使用の長期的問題  前節では,テレビやショーへの出演によるス トレスの問題に焦点を当てた。次に,もっと長 期的な影響について整理しておこう。テレビ やショーでの使用が引き起こす「母子分離」の 問題や,成熟して使用できなくなったチンパン ジーの長い「余生」の問題だ。 ①エンタメ使用がもたらす「母子分離」  カドリー・ドミニオンには,プリンちゃんの 父親(パンくん)も母親(ポコちゃん)も飼育 されているが,プリンちゃんは両親から離され て人間の手で育てられてきた。このように「人 工保育」で育てられたチンパンジーは,他のチ ンパンジーと適切に関わることができなくなる という問題が指摘されている(山梨ら, 2016)。 人工保育のチンパンジーは育児放棄をすること が多いため,その子どももまた人工保育になる という負の連鎖も生じているという。  このような問題を防ぐため,多くの動物園が 人工保育をできるだけ避けようとしている。チ ンパンジーの母親が育児放棄をしてしまった場 合にも,チンパンジーの群れに子どもが加入で きるようにする努力がおこなわれ,成功例も出 ている。たとえば,パンくんの妹・ゴウも一度 は人工保育になったが,日立市かみね動物園の 飼育担当者の努力により,チンパンジーの群れ での生活ができるようになっている。  一方,プリンちゃんに対しては逆のことがお こなわれたようだ。母親が正常に育児をしてい たのに,生後4日目にプリンちゃんを引き離し たようなのだ(松阪, 2015;SAGA, 2015)。母 親から引き離されたチンパンジーは人間に依存 するようになり,調教がしやすくなるからだろ う。その後,プリンちゃんは生後10 ヶ月とい う異例の早さで「みやざわ劇場」の舞台にデ ビューしているが,両親のもとに返す努力はお 動物への愛情が問題になるとき

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20 こなわれていないようだ。 ②引退したチンパンジーの長い「余生」  このように,プリンちゃんは乳児の時から他 のチンパンジーと関わる機会が奪われてきた。 そのため,他のチンパンジーと関わる社会的ス キルを獲得できておらず,チンパンジーの集団 で暮らすことが難しくなっていると考えられ る。たとえば,優位なチンパンジーへの「あい さつ」として,身を低くして近付きながら喘ぎ 声を出すパントグラントという行動があるが, プリンちゃんはこれを修得できていないだろ う。また,交尾や育児も正常におこなえず,仮 に人工授精で妊娠して出産したとしても育児放 棄をしてしまう可能性がある。年下の子の世話 をした経験がない上に,他のメスが育児をする 姿を見たこともないからだ。  プリンちゃんがチンパンジーの群れで生活で きないのなら,ずっと人と暮らせば良いと思う 人もいるかもしれないが,そういうわけにはい かない。チンパンジーは9歳頃に若者期に入る と力がとても強くなり,直接に触れあうのは人 にとって危険なことになる。子どもの頃には抱 いたり遊んだりしてくれた人とも,親しく接す ることができなくなるのだ。チンパンジーの寿 命は50年ほどだが,若者期に動物ショーを引 退した後の40年ほどの長い「余生」を,人と もチンパンジーとも接することができない寂し い状況で過ごすことになるということだ。パン くんには辛うじて,動物ショーの同僚だったポ コちゃんという同居者がいるが,プリンちゃん はこのままでは孤独な余生を送ることになる可 能性が高い。 動物を擬人化して感情移入することの問題点  ヒトは動物をつい擬人化して解釈しようとす る。同じ状況に置かれれば動物もヒトと同じよ うに感じると思ったり,似た表情や仕草が見ら れた時にヒトと同じ意味の行動だと考えたりす る。このような解釈は間違いであることが少な くないが,テレビや動物ショーではさらに,動 物を擬人化する演出によって間違ったイメージ が作られる。作られたフィクションなのに動物 に感情移入して,「試練に挑む」姿に感動した り応援したりするといったことまで起こる。  こういったことは,動物に対してヒトが共感 し,愛情を抱くからこそ起こることだろう。し かし,本稿でみてきたように,テレビや動物 ショーでは,チンパンジーに恐怖や不安を強い る場面がみられた。長時間の撮影や調教の過程 でのストレスもあると考えられる。また,チン パンジーのエンタメ使用が,母子分離や孤独な 余生という長期的問題を引き起こすことにも触 れた。擬人化された動物の姿に人々が感情移入 して楽しんでいる裏側で,現実の生身の動物た ちにこういった問題が起きているのだ。動物を 使った娯楽の負の側面について,正しく理解す ることが大切だ。  また,このような娯楽を賞賛して求める声 が,娯楽のための動物使用をエスカレートさせ ることにも注意が必要だ。皮肉なことに,パン くんたちへの人々の愛情が,彼らの現状の改善 を阻害し,さらに次の犠牲者を生み出す力にな りかねないのだ。愛情を向ける相手のことを理 解しようと努めて,その幸福を考えるのが,本 当の意味での深い愛情だろう。そのように動物 を愛することも,ヒトにはできるはずだ。 文 献 松阪崇久 (2015)「パンくんの赤ちゃんが母親から引き離 された件」 https://forest-music.at.webry.info/201510/ article_2.html 松阪崇久 (2018)「ショーやテレビに出演するチンパン ジー・パンくんの笑いと負の感情表出」『笑い学研究』 25, 90-106. SAGA (2006)「チンパンジーのTV バラエティ等におけ る使用に関する要望書について」 http://www.saga-jp. org/ja/news/request200612.html SAGA (2015)「 不 当 な 人 工 保 育 に 対 す る 批 判 声 明 」 http://www.saga-jp.org/ja/news/2015-11-24.html SAGA (2016)「チンパンジーの不適切な飼育展示に対す る批判声明」 http://www.saga-jp.org/ja/news/2016-07-18.html 山 梨 裕 美・ 小 倉 匡 俊・ 森 村 成 樹・ 林 美 里・ 友 永 雅 己 (2016)「チンパンジーの人工保育とエンターテ インメント:動物福祉・保全と将来展望」 Animal Behaviour and Management, 52(2), 73-84.

参照

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